猫2匹と坊の育児、の巻。


by haruuraranman
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5月13日とうとう

・・・・つづき。




いきんだら、いらんものまで出てきそうなんですけど??

と、躊躇していたら
「便秘で硬いの出すときみたいにいきんで!」と言われる。

いいんですか?いいのね??


思い切りいきむ。


何度も来る波に合わせていきむ!
「くーーーーーっっっ!!」と声が出る。

「声は出さないで。目を開けておへそを見ながらいきんでー!」と言われる。

旦那が頭元で「がんばれ!!」と声をかけては汗を拭いてくれる。


何度も何度もいきむが出てこない。
「赤ちゃん降りてきてるからね。」とは言われるものの、頭はまだ上の方らしい。

よく聞く話では、いきんでいいと言われたらものの十分ほどで産まれるらしいんやけどなあ・・・
早い人では2~3回のいきみで産まれるらしいのになあ・・・
と、ぼんやり思う。


「スタミナ不足でいい陣痛が来ても長く続かないんやねえ。昼ごはん、無理にでも食べてもらえば良かったなあ。」
と、助産師さんの後悔を聞く。


ひとまず水を飲まされる。



と、そこへ医師が登場。


「出すよー。はい、吸引用意してー。ちょっと切るよ。麻酔の注射チクッとするからねー。」

会陰切開される。麻酔してもらっても感覚は分かった。

医師「はい、水飲んで。」
私 「さっき飲みましたー!」
   もう、とりあえず早く出して!という気持ち。おちおち水なんか飲んでいられるかい。

医師「飲んで。」引かない。

仕方なく一口だけ飲む。

「自分の力で出すんやでー。次の波来たらいくで。」


その後すぐ来た波のピークでいきむ!!と同時に助産師さんが私のお腹を上から圧迫!!
医師が何やら機械を使って吸引!!

下の感覚はよく覚えてないけど、グリグリ内診で覚悟したスイカを鼻から出すような痛みは感じなかった。はず。

助産師「頭出てきたよー。見て!」
旦那「ほら!出てきたで!見て!」

見て見て言われるけど、掛けられた包布で見えん・・・

まだお股に残ってる感覚があるのでいきんで出そうとすると、

医師「もう力いれへんで。ハッハッハッや。」

そういや、そんな呼吸法習ったような・・・ハッハッハッハッ・・・


つるん


まさにそんな感じで 16時49分 3048g 長男誕生。
元気な産声。医師が持ち上げて見せてくれる。

「よう出てきてくれたなあ。」と頭を撫でる。



「よう頑張ったな!!良かったな!!良かったな!!」と、笑顔いっぱいの旦那。
なんか、実感が湧かなかったけど、終わったんやあ・・・という安堵感。

「ありがとうございました。皆さんのおかげですー。」と言ったら涙が出てきた。


「胎盤が出てくるからねー。」と言われ、思っていたより早くにこれまた
つるんと胎盤排出。


「ご主人、へその緒切りますか?」と聞かれ、歩み寄る旦那。

出産前には、「立ち会ってもそれだけは嫌や。」と言っていた彼。

「大丈夫?」と聞くと「うん。」と言って笑ってる。


無事に父親の手で胎盤から切り離され、一人の人として、倉本悠伸 誕生しました。



「おなかすいたー!」安心した途端、出た言葉がこれ。


カンガルーケアより先に、食事を摂らせてもらいました。(^^;






予定日より早く産まれてくれたのも、骨盤の狭い私が出産できるギリギリの大きさで出てきてくれたのかなー
なかなか進まなかったお産も、父親を待ってくれてたのかなー


と、思います。(^^)


本当に想像以上に大変でしたが、生命を誕生させるという貴重で素晴らしい経験をさせてもらえたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。

これからは、誕生してくれた尊い生命を育むことに尽力致します!!!







長文・乱文、最後まで読んでいただきありがとうございましたー。
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by haruuraranman | 2011-05-21 21:42

5月13日いよいよ

・・・つづき。



「昼頃には産まれるようにする。」と、医師は言っていたけど、なかなか進まず。
胎動も相変わらず元気にあり。

次第に痛みが強くなってくるが、10回の深呼吸で波は引いていく程度。
足のこむら返りが、お腹に来るような痛み。

子宮口は4㎝開大。

2回目のプロスタを内服。


そのうち声が出てしまうほどの痛みになってくる。
さすがの私でも昼食は取れず。

それまではそっとしておいてほしい陣痛だったのが、さすってほしい陣痛になる。

お腹の痛みだけだったのに、腰とお尻の痛みが加わる。


この時点では付き添いは誰もいなかったため、唸り声を聞きつけた助産師さんが付き添ってくれる。
痛みが来ると、どこかを力いっぱい握らずにはいられない。
助産師さんが手を貸してくれる。助産師さんの手を握りつぶす。(勢い)
肛門をぐっと押さえてもらうと楽。


姉から頻繁にメールや電話があるが、対応する余裕はなくなる。

だいぶ陣痛が辛くなってはいたが、3回目のプロスタを内服。

もう横にはなっていられず、座ってはテニスボールを肛門の下に置き、全体重で圧迫する。
そして、腰を常にさすってもらう。
でないと、耐えられない。

母親が来てくれる。


母親にもたれかけながら、陣痛に耐える。
もう20回の深呼吸でも引かないほどに波は長く、また間隔は短くなっていた。

過呼吸になり、手先がしびれてくる。
ビニール袋で口を覆いながら呼吸する。汗だく。

唸り声が出てしまう。

「まだあかん?」「どうしたらいい?」「たすけてー!」と叫ぶ。

助産師さんたちに敬語を使う余裕もなくなる。
何か話しかけられても、単語でしか返せない。


波が引いた少しの間に気が遠くなる。気を失うように寝る。

またすぐ波が来て、母親の肩に頭をこすりつけ、手を握り潰し、ひたすら耐える。


点滴ラインが取られる。



子宮口はまだ全開しない。破水も起こらない。


13時半頃、仕事中の旦那から母親に電話があり、「許可が下りたので今から行きます!」と。


ブスコパンを追加しようとしていた助産師さんに、
「主人が来るまで待ちますー!」と告げる。

旦那の到着予定15時。それまで耐える覚悟をする。


もう、イルカが泳いでる映像なんぞ、どうでもよかった。
そんなものに目をやる余裕もなかった。
鎮静効果があるはずの青い照明も、何の効果も示さず私は髪を振り乱しては絶叫していた。



ただ、相も変わらず、大きなモニターの中でイルカはむなしく泳ぎ続けていた。(のだろう。)




そのうち、声を出す余力さえなくなり、ひたすらビニール袋を口に当てながら陣痛の波をやり過ごして、意識が朦朧としながらひたすら旦那が来るのを待つ。


旦那より早く駆けつけた父親が、そんなシンナー中毒のような私の姿をビデオに撮っては、母親に怒られていた。
怒られた父親が、母親の指導の下、私の腰をさすってくれる。

4人目の孫にして、初めてお産を手伝ったらしい。(私たちが産まれたときも立ち会わず。)



15時前、待ちわびた旦那が到着する。助産師さんにコールし、ブスコパン追加してもらう。

母親と交代した旦那の手を早速握りつぶす。あとで見たら内出血ができていた。



まだ破水が起こらない。よって、子宮口も開かない。

いきみたい衝動はMAX。「いきみたいー!!」と繰り返す。


仕方なく、人工破膜して破水。

が、子宮口が全開しない。


旦那に頭突きをくらわしながら、手を握りつぶし、最後の力をふりしぼって唸る。(やってはいけない。)


医師が来て、また子宮口をグリグリこじ開け、「もう出すから。」と言って去る。


助産師さんたちがお産の準備を始め、座っていたいとダダをこねる私を無理やり寝かしつけ、お産体勢をとらせる。


内診する助産師さんが、「あ、もう子宮口全開と言っていいかも。」と言う。

「次から波のピークが来たらいきんでいいよ。」と言う天使の声!!!



でも、いざ、いきむとなると、どういきんでいいのか分からない。






・・・・・つづく。
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by haruuraranman | 2011-05-21 19:45

5月13日のプロローグ

記憶が鮮明なうちに、出産日記、つけときます。


3月18日 妊娠31週で逆子&切迫早産と診断され、自宅安静&内服(ウテメリン)治療開始。
      情緒不安定。

3月29日 里帰り。妊娠32週4日で逆子が治り、内服は続行も、安静指示は緩和される。

4月12日 妊娠34週4日で内服中止&安静解除。

4月22日 臨月突入。一日2時間の歩行を指導され、歩きまくる。

4月26日 赤ちゃんの体重が2500gを超える。

4月29日 妊娠37週。正期産に入る。ますます歩きまくる。スクワット60回×3セット毎日。

5月2日  赤ちゃんの体重が3000g弱まで増える。私の体重も目を見張るペースで増加。
子宮口を柔らかくする注射(レボスパ)開始。週3回。
頻繁にお腹は張るが、痛みは伴わず。時々、夜中に生理痛のような下痢痛のような痛みあり。胎動は相変わらず激しい。

5月7日  週末に旦那が来るため、タイミング良く産まれて欲しい願望に駆られ、階段昇降、雑巾がけ、トイレ掃除などしまくる。

5月8日  旦那が来るため、今日中に破水か陣痛が来るよう祈りながら、近所の神社へ参る。山の上にある神社へ2往復もしてやる。帰宅後も階段昇降しまくり、汗だくで旦那を迎える。その姿にドン引かれる。

5月9日  妊娠38週3日。何事も起こらず朝を迎え、検診へ。赤ちゃんの体重は3000gを超える。焦る。子宮口をグリグリ刺激され、絶叫。お産の恐ろしさを垣間見る。
子宮口開大1㎝。帰宅後出血少量あり。

5月10日 お腹下す。出血少量あり。旦那が立ち会える月曜まで持って欲しいと願いながらも、体重増加が気になり歩く。     

5月11日 お腹ゆるい。出血中等量あり。足の浮腫増強。胎動は元気にあり。お腹の位置も変化なし。昼頃から不規則に下腹部痛あり。夕方から、10分間隔の張りと痛みがあるが、自制内。月曜まで持ってくれ、と祈りながらやっぱり歩いてしまう。

5月12日 39週0日。お腹ゆるい。夜中から痛みが強まり、目が覚める。いよいよかと、早朝からパンにむしゃぶりつくが、その後間隔が延びて寝る。足の浮腫増強。胎動は激しい。
昼頃、出血中等量2回あり。夕方よりまたもや痛みを伴う張りが10分間隔となる。
痛みは強まってはいても、自制内なので、まだまだ連絡する気はなかったが、姉のしつこい勧めにより、一応、産院へ連絡する。
         
      と、「すぐ来てください。」と言われ、姉に文句たれながら家を出る。

      と、診察後、「入院しましょう。」と言われる。

      子宮口は2㎝開大。レボスパを打っていたため、
      柔らかくはなっているので進みだすと早いかもしれない、との見解らしい。

      
      入院って、よく5分間隔になったら、とか、痛みが我慢できないくらいになったら、
      とか、子宮口が4㎝以上開いてから、とか、結局帰されることが多いと聞いていたのに?

      意外ーーーー

      てなわけで、19時30分 入院。


      通されたのは二人部屋。隣の人は当日帝王切開で出産された人。
      お互い気を遣って無言でそれぞれ痛みと戦う一晩を過ごす。

      結局、3~4分間隔のまま子宮口は開くことなく朝を迎える。不眠。
      朝食は完食。

      医師の診察にて、またもやグリグリ内診。絶叫。
      「誘発剤を使いましょう。」と、言われる。


      この期に及んで、「旦那が来れる月曜まで持たせられないですか?」と聞く。

      「無理。」即答。

      
部屋に戻り、プロスタグランジンE2を1錠内服し、人生初の浣腸をされ、陣痛なのか浣腸痛なのか分からない痛みに襲われる。
      
陣痛ならまだいきんではいけないはずやけど、出すものは出さなあかん、というジレンマに悩まされながらトイレに籠る。



トイレから出てくると、LDRに通される。
そこでは大きなTVの中で何頭ものイルカが気持ち良さそうに泳いでいた。

このときはまだそんな愛らしいイルカたちを鑑賞する余裕はあって、
看護師さんに「お産時のDVD撮影の準備は大丈夫ですか?」
などと余計な心配までして質問していたりした。のでした。



       ・・・・・つづく。

      
      
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by haruuraranman | 2011-05-21 15:12